本研究では, 児童生徒がその人物の生き様に共感するとともに, 道徳的価値に気づくことをねらった伝記教材の開発を行うことを目的とした。日本の子どもに独自な道徳的価値判断についての研究の結果, 小学校高学年ごろからの課題である第三者的視点の獲得が困難であり, その結果, 自己中心性を強く残すことが明らかになった。日本の子どもにとって特徴的なこの思考スタイルを変革するためには, 日本の先人たちが経験した価値葛藤とその克服のための考え方を学ぶのが適切だと考えられた。そこで本研究では, 先人として杉原千畝を取り上げ, 伝記教材の効果について検討することにした。対象学年は, 小学校5年生, 6年生, 中学2年生であった。
その結果, 明らかになったのは次の3点である。第1に, 小学校5年生では価値獲得への思考が促されたことである。第2に, 6年生と中学2年生では, 価値葛藤や判断を追体験することで思考が深まったことである。第3に, 価値観獲得の過程において, 「生命尊重」が「慈しみ」や「正義感」に分化していると考えられることである。今後は杉原千畝以外での先人の資料を開発し, 効果の妥当性を検証していきたいと考える。