本研究では,幼児の自己防衛的嘘における,他者認識と心の理論獲得の影響について検討した。年少児35名,年中児35名,年長児38名を対象とし,実験者不在の際に,箱をのぞいてはいけないと約束したにもかかわらず,のぞいてしまった幼児が嘘をつくかを検討した。その際,他者認識として,カメラ有り条件とカメラ無し条件を設定した。また,心の理論課題を実施して獲得の有無を調べた。その結果,以下の3点が明らかとなった。1)カメラによる他者認識は嘘をつく行為にではなく,"箱の中をのぞく"という自己制御に影響を及ぼした。2)心の理論を獲得している幼児の方が,未獲得幼児よりも嘘をつく割合が多かった。3)年長児において,心の理論を獲得した幼児は,カメラ有り条件では"のぞかない",カメラ無し条件では"嘘をつく"といった状況に応じて異なった行動選択を行った。以上の結果から,幼児期の自己防衛的嘘を含めた一連の行動過程に他者認識と心の理論が関連していることが明らかになった。一方で,状況場面に応じて異なった言動を行うには,心の理論の獲得以外の要因が関連している可能性が示唆された。