湖沼に比べて海域でのリン沈積速度の実測例は多くない。浅海の海水・底土間のリン循環を検討するため,潜水作業を要しない沈降物捕集装置(Fig.1)を考案し,瀬戸内海備後灘で1975年4月~1977年1月の約2年間にわたって沈積速度(1日1cm2当りの乾重量(DW)および粒子態リン(PP)の沈降量)を測定した。捕集された沈降物の性状(リン含有率, chl.a含有率など)を同時に採取した海水中懸濁物(セストン)および底土最表層部の性状と比較し,また水中懸濁量と沈積量とを比較して,リンの動態を考察した。
1. 特別に高い捕集値を除くと,沈降量の平均は,DWでは,水深の浅い岸寄りのSt.2で0.98,沖側のSt.BG-1で0.42㎎/cm2/dayとなった。PPではそれぞれ0.64,0.33μg/cm2/dayであった(Table2)。
2. 季節別にみると,沈降量は概ね5~10月の高水温期に大きく,11~4月の低水温期に小さい。両期におけるDWの平均沈降量はSt.2で1.26および0.60㎎/cm2/day, St.BG-1で0.83および0.11㎎/cm2/dayで,低水温期のSt.BG-1で特に低かった。これらは,水柱中での粒子態有機物生産や,流入陸水が搬入する陸源の土粒子量などの季節変化を反映したものと考えられた(Table2)。
3. 水中懸濁物のリン含有率(乾重比)に比べ,沈降物のそれは格段に低いことが特微であり,平均で,0.21%対0.072%であった。従って,水中懸濁物は,沈降物(いわゆる新生堆積物)として捕集されるまでの過程で,7割近いリンを溶存態として海水中に放出していたことになる(Fig.3)。
4. 底土最表層部の試料は,5~65日間の沈降量に相当する厚さを採取して用いたが,そのリン含有率は沈降物と差がなく,両者のリン含有率の季節変化もほぼ一致した(Fig.2, Table3)。一方,chl.a含有率は底土最表層よりも沈降物で高かった(Fig.3)。
5. 水柱中の懸濁量に対する1日間沈降量の割合は,平均で,リンの場合7.3(St.2)および25%(St.BG-1)であった。DWの場合には地点間の差が大きく,25.1(St.2)および6.3%(St.BG-1)であり,St.2ではDW沈降量が懸濁物に対して顕著に高い割合を示した(Table2)。
6. 水中懸濁物のリン含有率の鉛直的変化,沈降物のリン・chl.a含有率,捕集物の予備的検鏡結果などから,PPの沈積には,デトリタス状物質の凝集大型化および動物プランクトン等による糞塊生成作用が重要な役割りを果すと推測された。
7. 水柱中の懸濁物が新生堆積物となるまでに海水中に放出するリン量(即ち沈降過程における粒子態リンから溶存態リンへの移行量)を上記の3と5の結果から計算し,St.2で0.43~5.3,St.BG-1で0.07~0.3μgP/ cm2/dayの値を得た(Fig.4)。
8. 上記1の平均値にもとずき,一定の仮定を設けて堆積速度を厚さで試算したところ,St.2で10.6mm/yr, St.BG-1で4.6mm/yrとなった。実際には,捕集器中への再懸濁物の混入,堆積後の溶出を多少とも見込む必要があるので長期的に見た底土の堆積速度はこれをやや下まわると推定される。