1970年の夏に広島県福山市北部に位置する御幸牧場において,全ての泌乳牛が,新鮮な牛乳であるにもかかわらずアルコール試験で凝固すると云う,異常乳の集団発生がみられた。この異常乳は低酸度二等乳とも云われるが,1930~1940年代にオランダを中心に発生した"the Utrecht abnormality of milk"と全く同一の現象である。
御幸牧場の異常乳の乳中のCa/Mg比が高くこれは乳中にCaが多くMgが少ないが,血中のCaが高くMgが低くこれらの乳牛群がCa及びMg代謝障害に罹患していることから飼料に起因する乳牛の骨疾患の発生が推定された。
御幸牧場では1964年に牧場を開設してから1971年までの7年間に144回の分娩がみられたが,起立不能症12回,流産11回,死産8回,後産停滞8回と分娩時の障害が多発し,1970年夏季には20頭のうち15頭が同時にケトージスにおち入った。関接障害,歯牙の異常,痩削,腰萎,下痢,繁殖障害,跛行など骨疾患の発生をうらづける症状がみられた。血中のアルカリ性フォスファターゼ活性は骨疾患のときに上昇するが,高い値を示すものがみられ,また冬季に急に上昇するような現象もみられた。淘汰された乳牛から得られた骨は初産の若いものから13産の老齢なものまで全て骨粗鬆症の発生がみられ,主として外側緻密質に赤色点密発し,これはハーバース氏管中の毛細管が充血している為である。賢結石,水泡賢,賢萎縮のような賢障害も多発していた。血清Mgは低い状態にあったが,極端にMg含量の低下するhypo-magnesaemic tetanyすなわちグラステタニーの発生及びhypocalcaemiaである乳熱の発生が観察された。
牧草地へN・P・Kを中心とした施肥と,イタリアンライグラス・ソルゴーなどの牧草が主で,Mg・Caの施肥をおこたりクロバーなどのマメ科牧草の不足により,乳牛が慢性的なMg欠乏症におち入り,骨からの脱灰による骨軟症の発生とCaが乳中に多量に移行して異常乳が発生したものと考えられる。