太平洋島嶼諸国は,台湾にとって,数少ない国交国の一角をなす,外交上軽視できない存在である。台湾の民進党・陳水扁政権(2000-2008)は,太平洋島嶼諸国との関係の強化・拡大を狙って,オーストロネシア諸語を話す台湾原住民族と太平洋諸島民を「オーストロネシア民族」とみなし,交流促進を図った。本稿は,こうした非国家主体である「オーストロネシア民族」によってたつ越境的地域としての「オーストロネシア」が,台湾と太平洋島嶼諸国との国家間関係の中で,いかに構築され,変容を遂げてきたのか明らかにするものである。台湾と太平洋島嶼諸国それぞれが,「外交競争」や「外交休戦」といった国際環境に基いた,その時々の国家間関係の中に位置づけながら,構築し,再定義してきた「オーストロネシア」は,現在,台湾が国交国を次々失う「断交ドミノ」の状況に直面している。「断交ドミノ」への対応として,アメリカと台湾によって,トランプ政権の唱える「自由で開かれたインド太平洋」の一部として組み込まれようとしている「オーストロネシア」が,いかに非国家主体としての「オーストロネシア民族」による越境的地域として存続しえるのか,が今後の重要な焦点となる。