植物根の陽イオン吸収過程において根の陽イオン置換容量(CEC)の果している役割を明らかにする目的で大麦切断根のCECと陽イオン吸収について研究した.
従来提唱されている植物根CECの測定方法について検討し,直接置換法による測定条件としては通常根に含まれていない陽イオンを用いて30分間陽イオン置換を行なわせ,かつ置換時間中の代謝的吸収を除去することが必要であることを明らかにした.
根の代謝的陽イオン吸収を除く目的で吸収液をN2で嫌気的とし陽イオン吸収を行なわせた.嫌気的条件下でのLiの吸収は温度に対し影響されず,またLi,Rb,Sr,Baともに同様の吸収経過を示し,その吸収順位はLyotropic seriesに従うこと,また1価と2価の陽イオンを共存させた場合には1価の陽イオン吸収が著しく抑えられること等により,嫌気的条件下での陽イオン吸収,特に60分以内の短時間の吸収では拡散や代謝的機作による吸収は著しく小さく,置換吸着による吸収が大部分を占めるものと推定された.
植物根のCECを測定する方法として,0.1N LiClを用い30分間嫌気的条件下で置換を行なわせ,可拡散部分と附着部分のLiを蒸溜水で洗滌除去するLi置換法を提案した.
培養液中のNH4NO3濃度を0から5mMまで5段階に変えて7日間生育せしめ,得られた大麦切断根を上記のLi置換法によってCECを測定した結果,培養液中のNH4NO3濃度を2.5mMまで上昇するにつれCECも増大した.
60分間の嫌気的条件による処理は根のRb吸収力にほとんど影響を及ぼさなかった.
根のDonnan Free Space(DFS)の置換基に吸着されている1価と2価の陽イオン比,外液の陽イオン濃度,DFS中の置換基の濃度の関係式を次のように導いた.
[M++]i/[M+]i=1/4{(1+8Ec/R)1/2-1}…(A)
ここで[M++]iおよび[M+]iはそれぞれDFSに吸着された2価陽イオンM++および1価陽イオンM+のモル濃度であり,EcはDFS中の置換基の濃度(equiv./l.),Rは外液中の陽イオンのモル濃度比R=[M+]02/[M++]0で示される.
SrGl2とLiClの混合液から嫌気的条件下で根に吸収されたSrとLi量からEcを計算すると無窒素培養液および1mM NH4NO3添加培養液で生育させた大麦切断根のEcはそれぞれ約760および440meq/l.であり,これ等の値は外液の濃度が変化してもほぼ一定であった.これ等のEcの値が正しいと仮定すると嫌気的条件下に於けるSrとLiの吸収比は(A)式により導かれた理論値と正確に一致した.
嫌気的条件下で認められたSrとLi吸収におけるvalence effectは好気的条件下では認られなかった.また好気的条件下におけるRb吸収は60分後では殆どSrの存在の影響を受けなかった.これ等の実験結果は置換吸着が大麦切断根のLiやRb吸収の速度制限因子ではないことを示している.
以上の実験結果より,植物根に置換吸着された陽イオンはドナン分布に従うが,置換吸着が植物の1価,2価陽イオン差別吸収に結果する陽イオン吸収の速度制限因子では必ずしもないことを結論した.