瀬戸内海の備後灘北部の2定点において,1972年4月から約2年間,リンの基本的変動様式を知るために,約1カ月間隔で,海水中のリンを懸濁態リン(particulate phosphorus, PP),溶存態無機リン(dissolved inorganic phosphorus, DIP),溶存態有機リン(dissolved organic phosphorus, DOP)の3態に分別して定量した。結果を要約すると次のとおりである。
1. 本海域における海水中のリンの季節変動の一つの特長として,海水中のchlorophyllα濃度が高い暖季(5~10月,水温15℃以上)にPPの濃度が寒季におけるよりも,顕著に高かった。chlorophyllαとPPの間の高い相関などから,懸濁態リンの主部分は植物プランクトンに含まれていたと推定された。富栄養化の進んだ測点で,chlorophyllαが20㎎/m3以上の赤潮状態を呈した場合PPは1.0μg-at/l前後の高い値を示した。
2. DIPの変動にはいくつかの要因が考えられるが,全リン(total phosphorus, TP)中に占めるDIPとPPの割合が逆の変動を示したことは,DIPの減少が,PPの主体をなす植物プランクトンの生産に強く支配されていたことを示唆する。事実,植物プランクトン現存量が大きく,3態中でPPの割合が卓越している場合にはDIPの濃度はしばしば著しく低下した。
また,DIPの濃度は9月から12月にかけて高かったが,これは夏季に流入陸水および底泥から補給されたリンの影響が残存する時期に,植物プランクトンの生産が低下したためと考えられた。
3. DOPが海水中のリンに占める割合は周年かなり高かった。DOPの濃度は比較的季節変化に乏しかったが,その増減はPP濃度の変化と同時に,あるいは多少の遅れを伴って生じた。この結果は,DOPの主体が植物プランクトンおよびその他生物の代謝・分解産物から成る,との考えと矛盾しない。
4. 海水中の各態リン濃度の季節変化は,各態相互間の変換によっているだけではなく,3態の和である全リン(TP)も季節変化を示した。そのさい,リンの補給経路としては,夏季底泥からの溶出,および陸水の流入が指摘された。海水の成層期には光合成層ではTPの増加分にほぼ比例してPPが増加した。
5. これらの結果から,本海域におけるリンのサイクルには植物プランクトンの生産とその分解過程が極めて重要な位置を占めていると考えられる。