本稿の目的は,これまで描かれてこなかったユーザーイノベーションのプロセスを描写し,そのモデル化を行うことである。本稿の分析対象は,通常の意味でのマネジメントの要素を含まないユーザーイノベーションという現象そのものにある。
本稿では,最初に既存のユーザーイノベーション研究を検討し,そこには動的なイノベーションプロセスへの検討が不十分であったことを指摘した。こうした既存研究の間隙を埋めるため,本稿ではLinuxの開発プロセスをユーザーイノベーションの開発プロセスとして読み替え,リードユーザーとそのコミュニティによるイノベーションの開発プロセスを検討した上で,そのモデル化を行った。
こうした作業から,Linux開発におけるユーザーイノベーションのプロセスとして,契機としての使用による学習・期待利益・粘着情報,ユーザーのリードユーザー化の過程,ユーザーおよびリードユーザーによるアウトプットの無償公開,リードユーザーによるコミュニティのマネジメント,流動的で非公式な階層性をもつコミュニティの形成といった要因を明らかにした。ユーザーイノベーションは固有の開発プロセスを有しているのである。