本研究の目的は、チベット古典文法の特徴を考察し、それに対するサンスクリット文法の影響を明らかにすることである。チベット古典文法学はトゥンミ・サンボータ(Thon mi saṃbhoṭa: 7世紀)が著したと伝承される『三十頌』と『性入法』に始まり、タティ・リンチェン・トンドブゥプ(Pra ti rin chen don grub: 16 世紀末–17 世紀初)やシトゥ・パンチェン・チューキ・チュンネー(Si tu paṇ chen chos kyi ’byung gnas: 1700–1774)などの註釈者達の活躍によって発展を遂げる。本研究では『三十頌』の敬礼文の中に二回現れる格助詞la(la sgra)の意味を分析する。その敬礼文とは次のものである。 gang la (1) yon tan mchog mnga’ ba’i | | dkon cog de la (2) phyag ’tshal lo | | 「最高の美質を有する〔三〕宝に〔私は〕敬礼する」 ここでの二つの格助詞la の機能が、チベット文法学者達の間で議論の的となっている。タティは、第一のla助詞をmnga’(「有する」)という行為が行われる場を表示する第七格として理解し、第二のla助詞をphyag ’tshal (「敬礼する」)という行為の目的(~のために)を意味する第四格として理解する。しかし、シトゥは、まずgang la のla (1) を第七格として理解し、de la のla (2) を第二格として理解する。そして、gang la のla (1) とde la のla (2) の両方を、行為対象を表示する第二格として理解する。シトゥはgang laの助詞la (1) とde laの助詞la (1) の間には機能的な違いはないと指摘し、サンスクリット文法の知識を活用して自身の説を立証しようとしている。本論文では以上の二者の見解を比較した上で、主にシトゥの立場を明確にしている。
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内容記述
広島大学比較論理学プロジェクト研究センター研究成果報告書(2018年度)
This study is the result of the workshop held at University of Tsukuba, March 1–2,2019.