林羅山の詩論についての従来の研究は、詩論において羅山が目的としたものや、羅山詩論がその史論と深く結びついていることへの理解に欠けているところがある。
本稿では、羅山の詩論が「撥乱反正」を目的とするものであることを示すとともに、その史論との関係について整理を加えることによって、羅山の詩論が哲学的な深みを持ち、かつ歴史を通じて現在を直視するものであること、すなわちその詩論が朱子学における『易』学を基礎とするものであり、「源平の乱」以来のなまなましい歴史と現実を直視しつつ、奈良時代から江戸時代初期に至る日本の詩壇の盛衰を回顧したものであり、鋭い批判精神に貫かれたものであることを明らかにした。
儒学の「民本」思想に基づく「性情の正を得て、声義の和を保つ」の主張は、羅山詩論の主旋律であり、江戸社会の太平のために詩壇のあるべき姿を示したことは、羅山詩論の交響曲であると言える。