筆者は、2008年夏学期オーストリア・グラーツ大学自然科学部心理学研究所において、カール・ビューラーの言語理論を中心とする講義演習を行った。講義演習そのものは、D・カーミ博士(Dr. Daniela Camhy)とR・ロート教授(Prof. Dr. Roswith Roth)と共同で行われた。
本論考は、その講義演習に際して、筆者のこれまでのビューラー研究を振り返りつつ、記録に残しておくべきと思われたいくつかの事項について記したものである。2008年時点におけるビューラー研究の状況と、彼の研究業績の概観、そして、現在までに至る言語理論の展開において意義を有していると思われるビューラーの行為理論(Akttheorie)について、筆者の考えを述べた。
ビューラーは、フッサールの行為理論を展開して、四場図式において、固有の言語研究領域としての発話行動(Sprechhandlung)と言語作品(Sprachwerk)を特徴づけることを試みている。発話行動に至るまでの話者における思考過程、表現活動に至るまでの言語芸術創作者における思考過程を、ビューラーは具体的行動に至るまでの行為の歴史(Aktgeschichte)として理解している。結果を先取りした思考過程、そこに人間の創造的活動の本質があると捉えている。
ビューラーの言語理論とその洞察は、言語研究において固有名詞抜きの共有遺産となっている。しかし、とりわけ『心理学の危機』(Die Krise der Psychologie, 1927)と『言語理論』(Sprachtheorie, 1934)からは、現在においても、多くの示唆を得ることができるであろう。