ポリコーム遺伝子群は, ショウジョウバエでホメオボックス遺伝子群の負の制御因子として同定された。その遺伝子産物は核内でタンパク質複合体を形成し, 標的遺伝子の転写が抑制されるヘテロクロマチンの維持(クロマチンサイレンシング)に寄与している。哺乳類ホモログのmel-18のノックアウトマウスは, 体の前後軸形成異常, リンパ球の細胞周期異常による重篤な免疫不全を呈した。mel-18は細胞死も制御しており, 細胞周期, 細胞死双方への関与より, 癌との関連が予想された。mel-18発現の低下したNIH3T3細胞は腫瘍形質を獲得し, in vitroでは癌抑制の活性が確認されたが, mel-18欠損マウスは生後3~4週間で死亡するため, 生体レベルでの証明は不可能であった。近年mel-18へテロ接合性マウスに乳癌を中心とする腺癌の発生が認められた。腫瘍の残存mel-18遺伝子座には, 変異, 欠失は認められなかった。Mel-18タンパク質は核内で他のポリコームタンパク質等と複合体を形成するが, mel-18^<+/->マウスの臓器ではこの複合体が消失していた。抗Mel-18抗体を用いた蛍光免疫染色では, 野生型細胞では核内に十数個の粗大な顆粒状の構造物がみられ, これがMel-18を含むポリコームタンパク質複合体の一部ではないかと考えられた。mel-18へテロ接合性マウスの腫瘍細胞ではこの破砕像が観察された。正常マウス乳腺細胞にmel-18アンチセンスを導入すると, 高率に腫瘍を形成し, 核内のMel-18タンパク質局在は, mel-18^<+/->マウスの腫瘍細胞と同様の破砕パターンを呈した。他の乳癌関連遺伝子の検索では, mel-18の発現量の少ない細胞で癌抑制遺伝子のbrca1の発現が減少, 癌遺伝子のtbx2の発現が増加しており, これらがmel-18の標的遺伝子であることが示唆された。以上より, mel-18のハプロインサフィシエンシーは, Mel-18複合体を不安定化し, 標的遺伝子のへテロクロマチン領域の破綻により腫瘍原生獲得に至ったものと考えられた。