動脈硬化症とくに冠動脈硬化症の成因にインスリン抵抗性および高インスリン血症が深く関与することが注目されている。本研究は長期間にわたり持続した内因性高インスリン血症が動脈硬化に関与するか否かについて検討をおこなった。対象は1971年から1990年までに広島原対協健康管理センターで経口ブドウ糖負荷試験(Oral Glucose Tolerance Test : OGTT)を2回以上受け, かつ, 初診時と最終検査時の耐糖能が同一であった1,085例(男性679例, 女性406例 : 平均年齢男性52.9歳, 女性55.5歳)である。動脈硬化の指標は大動脈脈波速度(pulse wave velocity : PWV)を用い, PWV計測値とPWVの性・年齢別正常値との差をΔPWVとした。OGTTの空腹時から2時間までの免疫反応性インスリン(immunoreactive insulin : IRI)の総和をΣIRIとし, 健常者のΣIRIの平均値+1S.D.以上を高IRI反応群, その他を非高IRI反応群として, 高インスリン血症の動脈硬化に及ぼす影響について縦断的検討をおこなった。I)初診時における高インスリン血症の動脈硬化への影響 : 耐糖能別に初診時の高IRI反応群と非高IRI反応群について, 7.3~9.6年後のΔPWV値を比較した。耐糖能正常および耐糖能異常(Impaired Glucose Tolerance : IGT)群では高IRI反応群でΔPWV値が有意に高値であった。糖尿病群ではΔPWV値に両群間で差を認めなかった。II)持続高インスリン血症の動脈硬化への影響 : 初診時および最終検査時共に高IRI反応を示したものを持続高IRI反応群, また共に非高IRI反応であったものを持続非高IRI反応群とした。耐糖能正常およびIGT群ではΔPWV値は持続高IRI反応群で持続非高IRI反応群に比し有意に高値であった。最終受診時の臨床成績を耐糖能別に比較すると耐糖能正常およびIGT群においては持続高IRI反応群はBody mass index(BMI), 平均血圧値, 中性脂肪(Triglycerid : TG)値, アポ蛋白B値がいずれも持続非高IRI反応群に比し有意に高値であり, HDL-コレステロール(HDL-cholesterol : HDL-cho)値は有意に低値であった。インスリン抵抗性の指標であるhomeostasis model assessment(HOMA-R)は耐糖能正常およびIGT群で持続高IRI反応群が持続非高IRI反応群に比して有意に高値であった。III)重回帰分析による動脈硬化と関連する要因の検討 : 非糖尿病症例について, ΔPWVを動脈硬化の指標として, ΔPWVと各種危険因子との動脈硬化に関与する因子を検討した。平均血圧値とΣIRI値がΔPWV値高値のより強く関連した要因であり, TG値, アポ蛋白B値も有意な要因であった。本研究では高インスリン血症の長期間の持続が耐糖能とは独立して動脈硬化促進に関与する可能性が示唆された。また高インスリン血症と関連するアポ蛋白, 脂質代謝異常も動脈硬化促進と関連していた。動脈硬化の促進を予防するためには耐糖能正常やIGTにおいては高インスリン血症の是正が重要と考える。