日本のラムサールサイトの中で水田を積極的に対象にした最初の事例である「蕪栗沼及び周辺水田」では,関係者間の対立や理解を重ね,ガン・カモ類と農業との共生をめざす地域づくりが進められている。本稿では,それに対する東日本大震災前後の当地での取り組みについて関係者への聞き取り調査の結果をまとめ,ラムサール条約湿地におけるワイズユース(賢明な利用)が抱える問題・課題について考察する。蕪栗沼では「周辺水田」を対象に含めたことが,ラムサール登録に対する地元同意を得るために重要な意味を有し,かつ環境保全型農業が普及することに貢献した。日本の登録湿地の中で,農業・農村の振興と生物多様性の保全を積極的に結びつけようとした先駆的な事例であり,最近のラムサール条約締約国会議や生物多様性条約締約国会議での議論の方向性に合致している。震災から比較的早い立ち直りをみせているが,環境保全型農業を行い「安全・安心」をアピールしていた生産者ほど,放射能に対する風評被害を大きく受けるなど,深刻な問題に直面している。