広島大学水畜産学部紀要 9巻 1号
1970-07-30 発行

底流網によるキスの生態とその資源に関する研究

Studies on the Ecology and Fishing Stock of Sillago sihama (FORSSKÅL) through the Analysis of its Bottom Drift-net Fishery
角田 俊平
本文ファイル
抄録
本研究はキス資源の生態的特性を解明するために,主として瀬戸内海におけるキス底流網の漁獲物を用い,キスの生態と資源ならびにキス底流網の漁具特性について解析を行ない,つぎの諸点を明らかにした.

1) キス底流網は5~10月に瀬戸内海の中部水域において盛んに操業されている.キスの月別漁獲量は漁期当初の5月に最も多く,その1日1隻当り漁獲量は16.2kgであるが,漁期の進行に従って次第に減少し,10月には11.1kgとなる.漁獲物中に占めるキスの重量比は漁場によって若干異なるが,六島周辺水域では,9月に最高の70%を,7月には最低の53%を示し,漁期中の平均は約60%である.

2) 瀬戸内海に分布するキスの同定に当って,Sillago sihama(FORSKÅL)とSillago japonica TEMMINK & SCHLEGELの区別について分類上の疑問が生じた.すなわち瀬戸内海のキスについて,両種の判別の根拠にされている両眼間および頬の鱗を調べたところ,櫛鱗と円鱗が混在して両者の比率は10:1であり,櫛鱗の占める比率が大きいので,キスの分類について再検討する必要があると考える.しかしここでは従来通りSillago sihamaとし,採集標本の形態について種々の計測を行なった(Table2,3).その結果,体長(L)と全長(T)は,L=0.86T+0.07,体長と尾又長(F)はL=0.91F-1.71,そして体長と体重(W)との関係はW=9.69×10-3×L3.079である.

3) 年齢形質として鱗を用い,その測定結果から瀬戸内海のキスの成長を明らかにした.キスの体長とその鱗径とは直線関係にあり,標準標示径をWALFORDの定差図によって吟味した結果,標示は等しい周期で形成されることがわかった.すなわち鱗の標示は年1回,主として5,6月に形成されろ.キスの月別成長率を鱗の最終標示からの辺端成長量によって求めたところ,キスの成長期は4~9月で,この期間の成長量は年間成長量の80%に及ぶ.そして瀬戸内海のキスの成長は,Lt=21.4(1-e-0.369t-0.232),Wt=115(1-e-0.369l-0.232)3と表わされる.また成長を産卵期における年級群別の体長組成のモードで示すと,1年級群は10.0cm,2年級群は13.5cm,3年級群は16.0cmそして4年級群は17.5cmとなる.

4) キスの成熟と産卵については,性別および月別の生殖腺重量からそれぞれの性殖腺指数を求め,さらに卵巣卵の成熟期における卵径組成の推移を調べた結果,キスの産卵期は6~8月である.キスの性比は1:1であって,産卵に関与するのは主として2年魚以上である.しかし1年魚でも成長の速い個休は産卵期に熟卵を持つが,その成熟個体の比率は,雌で8%に過ぎない.キスは多回産卵魚であって,1回の産卵数は全産卵数の約30%と考えられる.1産卵期における全産卵数は,1年魚の成熟個体(体長10.5cm)で1~2万,2年魚(体長13.5cm)で2~3万,3年魚(体長16.Ocm)で3~5万,そして4年魚(体長17.5cm)で5~8万と推定される.

5) キスの胃内容物からその餌生物を明らかにした.すなわちキスは底生動物の捕食魚であって,未成魚の主な餌生物は端脚類と多毛類であり,成魚の主な餌生物はエビ類と多毛類である.そして未成魚群が成魚群に添加する過程において,食性の変化が認められるが,その時期は8,9月である.さらにキスは,胃内容物重量の体重に対する比率が成長に伴って低下するので,体長と体長別胃内容物重量の上限値との関係から求めた摂餌量指数の月別変化および空胃率の月別変化から,年間における摂餌状態の推移について検討した.その結果,キスの摂餌期は4~9月であって,摂餌期にはそれ以外の期間よりも,より多くの種類の餌生物を捕食する傾向が認められる.

6) キスに対する底流網の網目選択性曲線は正規分布に近い曲線を示すが,僅かに左側に歪む.またキスの体長と最高の漁獲効率を示す目合との関係は,体長/目合=4.4であって,その値が4.1および4.8になると漁獲効率は50%に低下する.そして底流網で漁獲されるキスの体長範囲は網目の大きさによって異なり,目合の大きい網のキス漁獲物の体長範囲は,目合の小さい網のそれよりも大きい.

7) 底流網の網成りについては,その理論式を求め,その計算結果と実験結果とを比較,検討した.すなわち漁場現場における流速と網の移動速度,および網の沈子と漁場の底質との運動摩擦係数を測定できれば,理論式によって漁場現場における底流網の網成りを計算することができる.

8) キスの遊泳生態については,キスの底流網への羅網状態から遊泳方向と潮流との関係ならびに遊泳層を明らかにした.すなわち潮流と逆方向に向って網に刺していた個体は75%で,同方向に刺していた個体は25%である.さらにその遊泳層は網成りを計算し,羅網位置を海底からの高さに換算して求めたところ,キスは海底から6cmの範囲に65%,6~14cmの範囲に20%,14~22cmの範囲に9%,22~31cmの範囲に4%,31~40cmの範囲に2%が遊泳していると推定される.そして潮流と同方向に向う個体群は,逆方向に向う個体群に比して分布の中心がやや高い位置にある.

9) 瀬戸内海の中部水域においては,キスは流底網,小型底曳網,桝網,吾智網および一本釣によって漁獲されている.5~8月に小型底曳網によって,沿岸に極めて近い水域で漁獲されるキスは1年級群であって,体長組成のモードは5月には7.0~7.5cmにあるが,8月には9.0~9.5cmとなる.桝網で漁獲されるキスの体長範囲は9.5~18.5cmで,11.0~14.Ocmのものが卓越する.それらは1~4年級群であるが,主体は2年級群である.吾智網および一本釣によって漁獲されるキスは,他種漁業によって漁獲されるキスよりも大型で,13.0~19.Ocmの体長範囲を示すが,14.0~16.0cmのものが卓越する.それらは2~4年級群で構成され,その主体は3年級群である.底流網漁場には10.0~17.5cmのキスが生息しているが,当業者によって漁獲されるキスは体長が11.0~16.0cmのもので,その大部分は12.0~14.0cmである.また年齢組成については,2~4年級群で構成され,5月は3年級群が卓越して53%を占めるが,6,7月は2年級群が卓越して70%を越える.しかし当業者によって漁獲されているキスは,5月は2年級群が60%,3年級群が34%,そして4年級群が6%であるが,6,7月は2年級群が85~90%を占め,残りの15~10%のうちの大部分は3年級群である.なお終漁期の9,10月には,1年級群の一部が底流網によっても漁獲される.

10) 備後灘の東部水域の底流網漁場へのキス来遊群については,1964年に当該漁場に出漁した組合のキス底流網に関する資料を用い,DELURYの方法によって解析した.その結果によると,4月末から5月初めにかけての当初来遊群,6月初めの添加群,8月初めの添加群,さらに9月初めにおいては1年級群の添加が認められる.そして同年の当該漁場において,底流網が対象としたキス資源量に対するその漁獲量は62%で,1日1隻の操業に伴う資源量減少率は3.8×10-4と推定される.