広島大学水畜産学部紀要 6巻 1号
1965-12-20 発行

瀬戸内海における海洋基礎生産に関する研究Ⅱ : 基礎生産とプランクトン

On primary production in the Seto Inland Sea II : Primary production and plankton
弘田 禮一郎
遠藤 拓郎
本文ファイル
抄録
1) 1963 年6月に瀬戸内海西半部(周防灘を除く)において,又1963年9月に東半郎で行われた(Text-fig. 1参照)基礎生産に関する研究のうち,プランクトン(珪藻類及び双鞭類)の定量結果,並びに基礎生産量(光合成量)と現存プランクトンとの相互関係についての考察結果を報告した.
2) 珪藻類の総細胞数は, 6月lこ調査された西半部(特lこ備後灘及び燈灘)では少し9月に調査された東半部(特に備讃瀬戸周辺と大阪湾南部)では多い.その組成は調査点相互間で可成り変動があるが,西半部では主としてSkeletonema,Lettocylindrus 及びChaetocerosが,東半部ではThalassiosira,Skeletonema及びChaetocerosが優勢に出現した(Text-figs. 2-5 及びApp. Tables 1-2 参照).
3) 西半部における双鞭類の出現数は全般的に少く,珪藻類の出現細胞数に対する比率も低い.ただ,備後灘のW-9 の0.5m 層やBG-2 のT層では,珪藻の細胞数に比較して僅かながら多量,或はほぼ同量の双鞭類(それぞれ,Prorocentrum micans, Ceratium Jusus) が出現していることが注目された東半部においても全般的な出現数は少いが,播磨灘のE-8 及びE-4 ではGniaulux polygramma が非常に多量出現し,海面は褐色の赤潮状況を呈した(Text-figs. 2,4及びApp. Tables 1,2参照).
4) 基礎生産と現存プランクトンとの相互関係を追求する為に,単位細胞当りの光合成量,単位細胞当りのクロロフィルa量,単位クロロフィルa量当りの光合成量を算出したが,今回は特に,珪藻の細胞数のみを基準として計算した値と, 珪藻と双鞭類の総計を基準とした計算値を別々に示した(App.Tables 3~5). なお,総細胞数,総光合成量及びこれらの計算値の概況はTables 1,2,に路号を用いて表示されている.
5) 調査点別の総光合成量の概況はText-figs. 2,4 に示す通りで,播磨灘のW-8 において特に著しい増大が認められる.この調査点では,珪藻の細胞数に比較して双鞭類(Gniaulux polygramma) の出現数が多く,その双鞭類の光合成能力が極めて強いことが確認された同様なことはE-4 の0.5m 層でも認められる.なお,これら2調査点ほど顕著ではないが, W-9 の0.5m 層及びBG-2 のT 層(共に備後灘)においても,双鞭類の出現が光合成量増加の原因となっていることが認められた.
6) 光合成量と現存プランクトンとの相互関係についての考察結果は, (光合成能力が極めて強い双鞭類が多量に出現したE-8, E-4 の場合を除いて)備後灘周年調査(既報)の場合とほぼ同様であった.すなわち, a) 単位細胞当りのクロロフイルa量は,総細胞数が多くなるにつれて逆相関的に減少する傾向が認められる(Text-fig. 6). b )単位クロロフイルa量当りの光合成量(すなわち, クロロフイルaの光合成能力)は,備後灘周年調査における高水温時とほぼ同一範囲内の値を示す. c) 単位細胞当りの光合成量の多少(細胞自体の光合成能力の強弱)は,単位細胞当りのクロロフイルa量の多少とほぼ平衝関係を保っている( Text-fig. 7). d) 総細胞数が増加すれば個々の細胞の含有するクロロフイルa量は減少し,従って細胞自体の光合成能力は弱くなるが,細胞数が多いことによって積算された総光合成量は増加する.他方細胞数が極めて少ない場合には,細胞自体の光合成能力が多少強くても,総光合成量は増加しない(Text-fig.8). そこで,調査点相互間の総光成量の相違は,総細胞数の多少と,プランクトンの生活状況の変化に基づくと考えられる含有クロロフイルaの光合成能力の差(細胞の活力の差)を考慮することによって,ほぽ説明することが出来る.
7) 今回の調査でも, E-8 及びE-4 の2調査点において双鞭類(Gniaulux polygramma) による光合成量の著しい増加が認められた以外,特にプランクトンの種類に基づく光合成量の差は認めることが出来ず,また光合成量と現存プランクトンとの相互関係についても,海域別(調査点別)の特性を示す様な例は特に確認されなかった.