(本籍の原稿は昭和17 年に作成したが,当時出版が困難であったのでその要項を和文で公表し(滝1943) ,この度欧文で公表する次第である.そのため前報を僅か修整した箇所がある")
形態:鯨腺は軟体動物中,頭足類のみに見られるがオオムガイ類では組織が分化していない.イカ類及びタコ類ではよく分化し,その組織は発生を見ると中胚葉起源で,その原基は鰓の中軸部に生ずる.マダコ属の3極についてその重量を調べたが,雌のものが雄のものより僅かに重い.この腺は鰓の背側にこれに密右して存在し,血管分布は偲入血管の分枝したものが腺中IC 入り,毛細管に分かれ再び集って鯨腺輸出静脈として腺外に出て鯨心臓に注ぎ,動脈は細いものが内部に入っている.神経は鰓腺皮膜に多く分布しているが腺組織にははいっていない.腺は主として腺細胞から成るが,これは切片で多角形に脱われ,生時細胞質は柔軟で,固定液で固定すると著しく収縮する性質があり,塩基性色素によく染まる.分泌物の形成過程は複雑で,最後に生じた分泌物は大形で球状を呈し,酸性色素でよく染まるものとなる.その分泌物は静脈中に小片となって移行する状態が切片で認められ,内分泌器官であることが証された.
鯨腺に環状・帯状・点状その他種々の形の半透明あるいは灰白色部が見られることがあるが,これは局所的貧血性梗塞を生じたもので,切片によるとその部分は組織融解をしている.このようなタコは生活力が低下しているが,飼育してみるとある程度自然に治癒する.即ち血液中の変形細胞がその部分に集合して新組織を作ってその空洞部を埋める.叉時に鰹腺の全体叉は一部分が淡黄褐色ないし褐色を呈していることがあるが,これを変色と呼ぶことにする.これは分泌物の酸化によって生じたものと考えられる.この組織には細胞分裂も見られ,叉壊死〈えし〉部もあることから,常時生理的更新が行なわれているものと思われる.
生理.マダコを材料として鰐、出血管の結殺と鯨腺輸出静脈の結殺を行なったが,動物には著しい欠除症状のような影響は与えられなかった.それは分泌物が他の血管によって運ばれるからで,これも内分泌務官の証となる.
鯨腺摘出実験は赤熱した白金線を鯨腺皮膜にあて,腺部の壊滅を待って取除くと出血なく完全に摘出することができた.乙の方法は片側ずつ,しかも徐々に行なうのがよい.片側の鯨腺を除去すると残りの鯨腺が補償的肥大成長をする.この摘出を左右完全に行なうと,タコは食慾減退し,成長は遅くなり,腕先の再生力,呼吸・筋肉その他内臓諸務官は総べて機能が低下し,体の各所に水腫を生じて遂に繁死する.
鰓腺の抽出物を鰓腺摘出したタコに反復して注射すると,いくらか生活力を持続し皮膚の色彩も正常に近くなるが,その生命を救うことはできない.叉正常なタコに注射すると中毒症状を起こす.この抽出物はタコやイカの皮膚に注射してそれを収縮させ,色素胞を拡張させる性質があるが,ハツカネズミの腹腔内に注射しでもその動物の成長には効呆なし唯カエルのオタマジャクシに僅かに成長促進効果が見られた.
以上の事実は鰓腺は明らかに内分泌総官であることを託し,その機能は高等脊椎動物における副腎の
髄質郎に類するものであることを知るのである.