廣島大學經濟論叢 38巻 1号
2014-07-25 発行

技術革新と構造変化 <論説>

Innovation and Structural Change <Article>
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抄録
一般に技術革新による生産力の上昇は、資本主義経済の発展をもたらすとみなされることが多い。たとえばシュンペーターは、資本主義の発展の原動力として技術革新を「新結合」ないし「革新」と呼び、その意義を強調した論者として知られている。それに対してマルクスが提起したのは、対照的なヴィジョンである。すなわち、生産力の不断の上昇は、労働者の生活を豊かにするどころか、産業予備軍の累進的生産をもたらし労働者を窮乏化させる。他方、労働者の不利益が資本家の利益になるわけではなく、利潤率も傾向的に低下する。こうして生産力の上昇は、資本主義経済に深刻な困難をもたらす要因と捉えられるのである。なぜマルクスとシュンペーターのように、技術革新についてまったく対照的な捉え方が提起されてきたのであろうか。 

多くの批判がなされてきたように、産業予備軍に関するマルクスのヴィジョンが歴史的傾向として成立したとはいえない。現代までの歴史をみれば明らかなように、生産力の上昇に伴って雇用量は増大し、労働者の生活水準は向上してきた。他方、利潤率については、長期的に上昇する時期も下落する時期もあって確定的なことはいえないが、ともかくその傾向的な低下が明瞭にみられるわけではない。こうした現実との不一致は、マルクスの推論に問題が含まれていたことを示唆する。 

ただし、技術革新が資本主義経済に深刻な困難をもたらすというマルクスの捉え方自体は、技術革新による構造変化が進展する今日、なお検討に値する論点を提起している。すなわち、技術革新は最終的には経済発展をもたらすとはいえ、それに先立って長期的に雇用量が減少したり利潤率が低下したりする停滞局面をもたらすのではないか。その停滞局面は、新技術の普及と部門間不均衡の調整に時間を要する現実の経済では、相当に長くなる可能性がある。 

もともとマルクスの捉え方には、生産力の上昇が雇用量の減少や利潤率の低下をもたらすという技術革新の影響についての認識と、そのような生産力の上昇が不断に生ずるという技術革新の頻度についての認識とが含まれている。このうち問題となるのは、技術革新の頻度についての認識であって、その影響については、マルクスの認識が妥当する局面があるように思われる。本稿ではこうした問題意識から、技術革新による構造変化の過程を分析し、そこにあらわれる雇用量と利潤率の変化について考察したい。
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