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ID 32038
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Yasunobu, Hideki
NDC
Fishing industry. Fisheries
abstract
ガザミPortunus trituberculatusの栽培漁業は1960年代の漁獲量の減少を回復させるべく実施され,その効果が認められて全国で盛んに種苗放流事業が行われるようになった。しかし,頻発する疾病による大量斃死が,種苗の安定生産を図る上での最大の阻害要因となってきた。特に,真菌症は多くの生産機関で報告され,発生した機関での総飼育例数に対する真菌症の割合は50%以上の飼育例にのぼり,壊滅的な被害を受けて生産不能になった機関もある。

本研究は,ガザミ幼生に発生する真菌症の防除対策として,原因真菌の生理学的特性を利用した防除法を開発すべく,種々の検討をおこなったものである。得られた結果は以下のように要約される(第I章:序論,第VII章:総合考察)。

ガザミ真菌症の発生状況(第II章)

ひょうご豊かな海づくり協会(以下,ひょう豊協)における真菌症の発生状況を調査した。真菌症は1990年に初めて発生したが,その年の被害は軽微であった。しかし,1992年および1993年には,真菌症の発生防除を目的として,当時全国的に行われていたふ化水槽でのホルマリン薬浴を実施していたにもかかわらず,真菌症が多発して壊滅的な被害を受けた。飼育環境をみると水温と真菌症発生数について一定の傾向は見られなかったが,飼育水槽のpHが高い時には真菌症で全滅することがなく,また,真菌症の発生はガザミ幼生の発育段階が早い時期に多発する傾向があり,メガロパでの発生がないことが明らかとなった。

原因真菌の分離,同定および生理学的性状(第III章)

1993年および1994年のひょう豊協におけるガザミ種苗生産において,真菌症発生時に感染個体から真菌を分離した。いずれも形態学的特徴から卵菌綱,クサリフクロカビ目のHalocrusticida okinawaensisに同定された。本菌の感染ステージである遊走子を培地に接種すると休眠胞子が発芽して菌糸が伸張するので,遊走子を各種培地に接種する方法で生理学的性状を調べた。本菌は,15~35℃の範囲で増殖可能であったが,35℃での増殖は極めて微弱であった。また,塩分濃度が低くなるにしたがい増殖量は減少し,3/4海水で有意に低下した。pH5~9の範囲で増殖が認められたが,pH9.0を越えると増殖は認められなかった。このことから,幼生の飼育に3/4海水もしくはpH9.25海水を用いることにより,真菌症を防除できる可能性が考えられた。

Halocrusticida okinawaensisの病原性(第IV章)

分離菌はガザミゾエアI期およびIII期幼生に対して病原性を示したが,発育が進んだゾエアIII期幼生では感受性は低下した。感染個体からは供試菌が再分離されたことから,1993年および1994年のひょう豊協における真菌被害はH. okinawaensisが原因であることが明らかになった。感染実験において,分離菌はガザミ以外にも供試した5種類の甲殻類すべてに感染性を示したことから,H. okinawaensisの宿主特異性は低いと考えられた。実験感染では水温15℃~30℃まで感染がみられ,水温が高いほど感染率も高くなった。

飼育水のpH調整によるH. okinawaensis感染防除対策(第V章)

1)まず,ガザミ幼生への実験感染に対する「飼育水のpH9.25調整」の感染防除効果について検討し,次に,自然感染に対する効果をみた(第1節)。実験感染に対して,pH8では感染および死亡が確認されたが,pH9.25では感染,死亡とも全く認められないか,わずかに認められる程度だった。同じガザミ親由来のふ化幼生をpH調整しない水槽とpHを9.25に調整した水槽で飼育し,真菌症の自然発生を調べたところ,pHを9.25に調整した水槽では真菌症の発生はなかったが,pHを調整しなかった水槽では真菌症が発生して全滅した。

2)飼育水のpH9.25調整法を実際のガザミ種苗生産に利用するため,ガザミ(卵・幼生),飼育水に添加するナンノクロロプシス,および餌料生物に対するpHの影響をみた(第2節)。産卵後間もないガザミ卵ではpHの上昇に伴う発生率の低下はほとんど認められず,ふ化間近の卵もpH9.25下での悪影響はなかった。アンモニアの毒性はpHの上昇により高まるが,通常の種苗生産の飼育水のアンモニア濃度(0.5μg/mL)ではpH9.25下でのガザミ幼生に対する毒性はみられなかった。ナンノクロロプシスには,pHの上昇とともに逆に細胞数が増加するという好影響を与えた。餌料生物であるワムシとアルテミアはpH8~10では悪影響は受けなかった。ガザミ幼生はpH9.25では長期的にも悪影響を受けなかったため,事業生産規模で飼育水のpHを9.25にした試験を実施した結果,真菌症は発生せず,また幼生の活力にも問題なく順調に生産することができた。

3)ガザミの種苗生産は高水温時にも行われることがあることから,幼生の生残に対するpH9.25調整飼育水の短期的および長期的影響を異なる水温で検討した(第3節)。アンモニア濃度(0~8μg/mL)とガザミ幼生の生残率の関係をpH(9.25と8)と温度(20℃,25℃および30℃)条件を変えて調べたところ,pHでみればpH9.25の場合がpH8より,水温でみれば30℃の場合が20℃あるいは25℃の場合より,短期的(24時間)にはアンモニアの毒性が強くなった。しかし,通常の飼育水のアンモニア濃度ではpH9.25のガザミゾエアの生残に対する短期的な悪影響はなかった。一方,長期的(ゾエアI~ゾエアIV期,7~14日)には,pH9.25の悪影響が通常の飼育水のアンモニア濃度であっても水温27℃以上において認められたことから,高pHによる真菌症の防除方法は水温27℃未満で実施する必要があると考えられた。

4)飼育水のpHが異なれば,飼育水の細菌叢も異なる可能性がある。ガザミゾエア初期幼生は飼育水中の細菌を摂食することが知られていることから,通常飼育と高pH飼育における飼育水の総菌数とVibrio属菌数を比較した(第4節)。pHを9.25に調整している間,総菌数はpH9.25調整した方が有意に高かった。一方,ガザミに対して栄養価が低いとされるVibrio菌数は有意に低かった。この現象に加えて高pHではナンノクロロプシスが良好に維持されることが作用して,pHを9.25に維持する飼育方法は,通常飼育より好成績をもたらすと考えられた。

5)H. okinawaensisに対するpH9.25の感染防御機構について検討した。pH9.25は感染ステージである遊走子の放出数には影響しなかったが,休眠胞子の生残時間をわずかに短縮した。pH9.25は遊走子の運動性に影響を与えたが,ガザミの甲殻に対する付着には影響しなかった(第5節第1項)。これらの結果から,pH9.25の感染防御はH. okinawaensisの遊走子以降の増殖抑制が主たる役割を果たし,遊走子の生残時間の短縮が補助的に作用していると考えられた。このpH9.25のH. okinawaensisの遊走子以降の増殖抑制の機構について検討したところ,発芽した菌糸に対してはpH9.25の増殖抑制効果が全くないことが明らかになり(第5節第2項),遊走子がpH9.25でほとんど増殖しない要因は休眠胞子からの発芽抑制であると考えられた。以上のことから,pH9.25によるH. okinawaensis感染防御機構は休眠胞子の発芽抑制が中核をなし,休眠胞子の生残時間の短縮が補助的に作用していると考えられた。

pH調整防除法の応用(第VI章)

1)ガザミ類の種苗生産過程では様々なクサリフクロカビ目の菌が分離されているので,H. okinawaensis以外のガザミ幼生病原菌に対するpH9.25調整法の有効性を調べた(第1節)。Halocrusticida parasiticaおよびHaliphthoros属2株はpH9.25下では,増殖が抑制され,ガザミ幼生およびアルテミアを用いた感染試験でもpH9.25で100%感染が抑えられる場合や,pH8の場合の1/2程度になる場合もあったが,pH9.25調整法はHalocrusticida parasiticaおよびHaliphthoros属2株の感染を軽減する効果はあると判断された。これらに比べてLagenidium callinectesではpH9.25でもpH8と同程度の増殖で,pH9.25処理での感染防除効果は全く認められなかったので,L.callinectesに関してはpH9.25調整法以外の対策を講じる必要がある。

2)ひょう豊協ではLagenidium属の真菌症が高pH調整下でも散発的に発生しているので,Lagenidium属真菌対策に資するため,その生理学的性状(pH,温度,塩分)をあらためて調べた(第2節)。L. callinectesはpHが低くなるにつれ増殖量は低下し,pH6ではほとんど増殖しなかった。本真菌は高水温ほどよく増殖し,塩分を含まない培地でも増殖が認められた。これらのことから,Lagenidium属真菌による真菌症が多発する場合は,飼育水のpHを6程度に調整する方法および高水温を避けた22~23℃の水温で生産する方法が検討に値すると考えられた。

なお,H. okinawaensis防除のために開発したpH9.25調整法は,これまで西日本を中心に各地の生産機関で利用され,ガザミ種苗の安定生産に寄与している。従って,本法はLagenidium属真菌は別として,H. okinawaensis以外の複数種の真菌に対しても優れた防除効果を有していると推測される。
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relation references
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http://dx.doi.org/10.2331/suisan.63.56
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乙第4119号
degreeGrantor
広島大学(Hiroshima University)
degreename Ja
博士(農学)
degreename En
Agriculture
degreelevel
doctoral
date of granted
2010-06-28
department
Graduate School of Biosphere Science