マダイ放流種苗の脂質蓄積に関する研究

アクセス数 : 1170
ダウンロード数 : 728

今月のアクセス数 : 0
今月のダウンロード数 : 0
ファイル情報(添付)
diss_otsu2870.pdf 9.09 MB 種類 : 全文
タイトル ( jpn )
マダイ放流種苗の脂質蓄積に関する研究
タイトル ( eng )
Studies on lipid accumulation in releasing red sea bream
作成者
抄録
沿岸魚類の資源の培養を目的とした放流事業が全国各地で行われ,対象魚種も多様化しつつある。中でもマダイは需要や価格面から我が国における放流事業の中心的魚種である。種苗の放流効果を左右する要因としては放流場所,放流時期,放流サイズ,種苗の質などがあげられる。養殖種苗とは異なる放流種苗の質的問題や至適放流サイズの検討は放流効果を高めることにつながる重要な課題である。一方,放流マダイの追跡調査では,放流されたマダイが自然環境に順化するまでかなりの日数を要することが明らかにされ,この間の摂餌不足によるエネルギーの枯渇が初期減耗要因の一つと考えられている。故に,放流種苗のエネルギー蓄積状態が放流後の生残を左右する重要な要因となっており,至適放流サイズや種菌の質の指標になりうると考えられる。本研究ではマダイ仔稚魚期におけるエネルギー蓄横過程を脂質を中心に調べ,脂質蓄横から種苗の至適放流サイズや種苗の質についての知見を得ることを目的とした。また,種苗の成長歴と脂質蓄積の関係,飼育方法と種苗の質的向上についても検討を加えた。

1)仔稚魚期における脂質蓄積過程 肝臓へのグリコーゲンの蓄横は摂餌開始直後(孵化後6日)に認められたが,仔魚期を通じて肝膿での脂質蓄積や脂肪組織の形成は認められなかった。この時期に脂質の蓄横が唯一前腸の上皮細胞で観察されたことから,仔魚期では腸上皮細胞が主な脂質蓄積部位と考えられた。しかし仔魚から稚魚への移行と共に腸上皮細胞における脂質の蓄積は消失し,肝臓中での脂質蓄横や脂肪細胞の出現が観察されるようになった。脂肪細胞は膵臓中で発達し最終的には消化管を覆うように発達した。また,脂肪組織の体横が増加する間は,脂肪細胞の平均長径に有意な変化は認められなかった。これは脂肪組織の成長には細胞肥大より脂肪細胞数の増加が優先的に関与しているためと考えられた。

2)着底後の形態変化と脂質蓄積 着底期以降における体表面横に対する鰭面積の比率は成長と共に減少し,体長30mm前後で安定した。体重に対する内臓重量も成長と共に減少したが,体長35mm以降で一定となった。体重に対する筋肉重量は体長15mmで10%程度であったが,成長に伴い増加し,体長40mm付近では40%となり成魚の比率に達した。また,体長に対する消化管長では体長35mm付近,口径では体長40mm付近に変曲点がみられたほか,筋繊維の平均長径も体長30mm付近で安定した。以上の結果からマダイの外部および内部形態は体長30mmから40mmで大きく変化することが明らかとなり,この時期が形態的な転換期に相当し,稚魚から若魚期への移行期と考えられた。筋肉のタンパク質および脂質含量は体長40mmまで増加したが,それ以降では変化が認められなかった。魚体中の水分含量は体長15mmで80%以上を示したが,体長35mm以降77%前後となり,それ以降安定した。水分含量と脂質含量の間には負の相関関係が認められたことから,魚体の脂質蓄横量も体長35mmから40mm付近で安定すると考えられた。さらに,筋肉脂質中のトリグリセリド(以下TG)の比率は中間育成当初で15%程度であったが,体長40mmでは2倍近い約30%に増加した。腹腔内脂肪組織中のTGの比率は中間育成初期から急激に増加し,体長40mmの稚魚では90%程度となり成魚の組成比と等しくなった。以上の結果より,体長40mmまで成長すると脂質蓄積が量的・質的に充実することから,脂質の蓄積を指標とした場合の至適放流サイズは体長40mm以上と結論した。

3)脂質蓄積と種苗の質 種苗の無給餌生残日数はエネルギー蓄積状態と脂質動員能を直接反映するため放流サイズ決定の重要な指標と考えられる。そこで種苗の無給餌生残日数を調べた結果,体長15mmサイズの半数致死日数は7.1日であった。絶食耐性は成長と共に向上し,体長44mmサイズでは27.8日であった。体長15~50mmの種菌の体長(X)と半数致死日数(Y)の関係は有意な直線関係(y=0.828x-7.041, r=0.984)で示された。また,絶食により稚魚のタンパク質や脂質の著しい減少が認められたが,脂質の中でもTGの減少が顕著であり,TGが主要なエネルギー源になっていることが判明した。そこで稚魚1尾当たりのTG量(x)と半数致死日数(y)の間を調べたところ,両者の間には有意な直線関係(y=22.117x+1.803, r=0.968)が存在した。したがって,蓄横脂質TGは放流種苗の健全性の指標になりうると考えられた。マダイ稚魚を体重当たり6%(飽食),3%,1%(制限給餌)の給餌量で48日間飼育し,給餌量が種苗の成長,器官形成および脂質蓄積に及ぼす影響を調査した。飽食給餌区では,種苗の脂質蓄積は成長と共に増大した。これに対し,3%給餌区の体長は実験当初に比べ1.7倍に増加したが,脂質蓄積は先進されず絶食耐性も低下した。また,3%制限給餌群では肥満度や筋肉比のみならず体高比や消化管長比も飽食給餌群より有意に低い値を示した。このことは,筋肉や消化管の発達は必ずしも成長と平行して営まれるものではなく,給餌条件の影響を受けることが示唆された。

4)脂質蓄積と成長変異 一般に種苗生産過程では飼育経過と共に個体の成長差が助長されるため,同じ日齢であって,も種苗の大きさは均一ではない。そこで異なる成長履歴を持つ種首を体長が同サイズ(体長43mm)になった時点で,生物学的性状および脂質の蓄積状態を分析した。その結果,成長不良魚(43mmに達するのに長時間を要した個体)の肥満度,筋肉比および比内臓重量は,平均的な成長を示した群や成長の良好な群のそれらの値より有意に低い値を示した。また,筋肉タンパク質,総脂質およびTG蓄積も同様の傾向を示したことから,同じ43mmサイズでも成長率によって脂質蓄横に差異のあることが明らかとなった。また,大きさの異なる2群の種苗を共存させ摂餌量を比較した結果,飽食給餌した場合には両者間の摂餌率に差異は認められなかったが,飽食量の半分の投餌量では小型種首の摂餌率は大型種首より低下した。よって小型種苗の脂質の蓄積不良は,大きさの異なる種苗が共存したためにサイズ階級(size-hierarchy)が生じ,小型種首の摂餌が阻害されるためと考えられた。60日齢の稚魚の成長履歴をアリザリンコンプレキソンによる耳石標識法により推定した結果, 60日齢の実測全長と22日目における推定全長は有意な正の相関関係で示された。この結果は,孵化後22日目における全長が60日目の全長に反映し,22日目に形成された成長差がその後も維持されたことを示唆するものである。また,孵化後22日目における仔魚の実測平均全長は,60日齢の耳石より推定された平均全長より有意に小さかった。これは種苗生産過程で成長の劣る個体が淘汰されたためと考えられた。

5)脂質蓄積からみた飼育方法の評価 種苗の成長および魚体成分に及ぼす選別飼育の影響を調べるため,小型種苗を日齢の異なるロットより選別した同じサイズの中型魚と混合し48日間飼育した。その結果,小型群の成長は中型群と等しくなり,飼育過程で生じた小型個体でも飼育環境を変えることによって成長が改善されうることが明らかとなった。また,選別して飼育することによって小型魚のタンパク質合成能(RNA/DNA比)やTG蓄積が向上した。これらの結果は,これまで遺伝的要因が大きいと思われていた成長の良し悪しはむしろ飼育環境の影響を大きく受けると考えられた。放流後のマダイの生理状態に及ぼす音響馴致飼育の有効性を,放流魚の脂質の蓄積状態から調査した。中間育成中のマダイを周波数200Hzの水中スピーカーで15日間音響馴致し,放流後も音響馴致下で給餌を続行した。音響馴致下での放流マダイには,馴致せずに放流したマダイで観察されるような肥満度や貯蔵脂質の急激な低下は認められなかった。TGは放流後も増加し,越冬前には放流直後の1.5倍に増加した。以上の結果,音響馴致飼育は放流後のマダイの環境-の順化を容易にし,さらに越冬前の脂質蓄積を向上させることから,放流後の減耗を回避する点で極めて有効な方法と考えられた。
NDC分類
水産業 [ 660 ]
言語
日本語
資源タイプ 博士論文
権利情報
Copyright(c) by Author
出版タイプ Not Applicable (or Unknown)(適用外。または不明)
アクセス権 オープンアクセス
学位授与番号 乙第2870号
学位名
学位授与年月日 1996-07-05
学位授与機関
広島大学